本日も、EDOSENブログへのご訪問、大変ありがとうございます!

さて、さっそく昨日の前編の続きをお届けいたしましょう。(「前編」から先にお読みいただけると嬉しいです)

高校卒業後に読売巨人軍に入団された
松井 秀喜さんは、10年間、生え抜きのプレーヤーとして、
日本プロ野球界を代表するホームランバッターとして、大変な活躍をされました。
世代は違っても、野球ファンの方はよくご存じだと思います。

巨人軍在籍から10年が経過したとき、松井さんにはフリーエージェント(FA)という制度が適用されることとなります。
日本プロ野球におけるFAとは、選手の出場登録日数が一定期間に達したときに効力を持つもので、
FAに該当する選手は「いずれの球団とも契約を結ぶことが可能」となるのです。
この権利を「FA権」、FA権を実際に用いることを「FA宣言」と呼んでいます。
(※FA権に関する条件は何度か変更されていますので、松井さんの時代と現在では少し異なる部分があります)
ちなみに、2018年に、メジャーリーグのロサンゼルス・エンゼルスに入団した大谷 翔平選手はFA宣言ではなく、
ポスティングというシステムで海外に渡った選手です。(ややこしいですね

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(イメージ画像)

ただ・・・。
「いずれの球団とも契約を結ぶことが可能」とはなった松井選手ですが、
その去就をめぐっては大変な騒動が巻き起こることとなったのです。

「松井のホームランを観たい!」というファンで本拠地の東京ドームはもとより、対巨人の試合は連日満員状況です。
そんなスター選手が「もしかして海外へ?」となると、日本球界も穏やかではありません。

悩みながらも、子どものころからの夢だったメジャー挑戦を表明した松井選手。
そのとき、支えとなった人物が・・・、

2019年松井さんと広岡校長
(2019年6月、松井さん帰国時のツーショット。※当ブログでしか公開されていない画像です。無断転載はご遠慮ください

広岡記者でした。

広岡記者は、「前編」で記載したように、当時はまだ報知新聞社の会社員です。
しかし、10年に及ぶ「松井番」としてのつきあいから人となりを熟知されていたのでしょうか、
松井さんはメジャーリーグ挑戦にあたって「サポートをして欲しい」と懇願。
共に、移籍騒動を乗り越え、ニューヨーク・ヤンキース入団へと進んでいったのです。
(このあたりの部分にご興味がある方、ぜひコメント欄までリクエストをお寄せください。別記いたしますので~)

およそ300人のアメリカメディアが集まった華々しい入団会見、試合での活躍、と一見順風満帆にも思えた松井選手。
しかし、2006年、
守備中に左手首を骨折し、巨人時代から続いていた連続試合出場も途切れてしまいます。

当時の関連ニュースをご覧いただきましょう。(「共同通信」より転載させていただきました)

松井秀、手首の手術成功 プレーまで3か月

【ニューヨーク12日共同】米大リーグ、ヤンキースの松井秀喜外野手が12日、当地の病院で骨折した左手首を固定する手術を受けた。手術は成功し、13日午前に退院の予定。プレー再開に、早くても3カ月かかる見込みで、前半戦の復帰はなくなった。
 球団広報によると、12日午前6時10分(日本時間同午後7時10分)に麻酔室に入った松井秀は、同45分に麻酔を受け、約2時間の手術に臨んだ。
 骨折したのは親指付け根の近くにある橈骨(とうこつ)の部分。関係者によると、骨折部位をピンなどで固定する手術で、ピンを除去する再手術の必要はないという。骨折したのは1カ所。
 当面はギプスで左腕を固定し、2、3週間後にギプスを外してリハビリテーションを開始する。
2006年5月13日(土) 9時25分 共同通信 

記事中の球団広報というのがかつての広岡記者、現在の江戸川学園おおたかの森専門学校広岡 勲校長です。

広岡校長の当時の回想ですが、
「骨折や記録の断絶など、
後ろ向きになっても不思議ではない状況の中、松井さんは非常にポジティブでした。
『やってしまったことは仕方ない。この骨折をきっかけにして、これからどうするかが大事だよ』
という松井さんには感服させられました」。

書籍画像
(ベストセラーの『不動心』松井 秀喜著。「新潮社ホームページ」より転載)

今、ふりかえってみると、まさに不動心。広岡校長は、そのとき、「返す言葉すら見つからなかった」ほどだったそうです。



2012年ももうすぐ終わりを告げる頃、松井さんは引退を表明されました。
早いもので、それから7年の歳月が過ぎ、現在は、
ニューヨーク・ヤンキース GM(ゼネラルマネージャー)特別アドバイザー」として、チームへの助言や後進の指導にあたっていらっしゃいます。


こちらは、今回の帰国(「前編」千葉県 成田市内でのイベント出席)の際にいただいたコメントです。

日本のプロ野球は、インターネットなどを通じてチェックしています。巨人軍の結果は、引退後にもキャンプを手伝ったりもしたので気になりますね。OBとして応援していますよ。
私の体調管理ですか? 太らないように、食事には気を付けていますが・・・。現役時代と同様に、素振りはたまにやっています。
広岡さんについては、そうですね、昔からさまざまなことに興味、関心のある人なので、メジャーリーグ時代からチームの福祉活動にも熱心でした。EDOSENの校長先生として、ぜひ次代を担う人材を育成してほしいです。

松井さん、しっかりとEDOSENを認知してくださっています。ありがとうございます!


様々なご縁が巡り巡って、昨日、本日と2日間にわたり、松井 秀喜さんにご登場いただいたEDOSENブログ
皆様、いかがだったでしょうか。
これからも、多様な話題をお届けできるよう邁進してまいりますので、ご愛読のほど、なにとぞよろしくお願いいたします!

以上、EDOSENの輪 Special Thanks!でした。


◇松井さんとスポーツトレーナー◇
巨人時代はおもにチームのトレーニングコーチの指導のもとで練習に励む。
ヤンキース入団以降は、メジャーで戦うにあたって不可欠なパワーを補うため、
パーソナルトレーナー(スポーツトレーナー)と契約し、本格的なウエートトレーニングを導入した。

◇松井秀喜(まつい・ひでき)◇
1974年6月12日生まれ、45歳。石川県出身。星稜高で甲子園に春夏合わせて4度出場。1993年ドラフト1位で巨人に入団。
2003年にFA権を行使して米大リーグ、ヤンキースへ移籍し、2009年のワールドシリーズで日本人選手初のMVPを獲得。
2012年に現役引退。2013年に巨人・長嶋茂雄終身名誉監督とともに国民栄誉賞を受賞。2018年に野球殿堂入り。
右投げ左打ち。


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