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本日は7月6日のオープンキャンパス 心理・社会福祉学科の体験授業から、
自分って何だろう ~ Who am I ? ~ のレポートをお届けいたします。

あらかじめ、下記をご覧の上で考えてきてくださった方、ありがとうございます。
(クリックすると記事をご覧いただけます)



もちろん、当日、「う~ん、何だろう?」と頭を悩ませてくださった方もありがとうございます。
とにかく、自分とは何かを皆さんにしっかりと考えていただきました!

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(当日の画像:熱心にワークシートに記入している参加者の皆さん)

自分自身を野菜に例える。簡単なようで難しいテーマですよね。
「好きな野菜だから」「顔が似ている(?)から」「育っていく過程に興味があるから」など、
着眼点はたくさん考えられます。

この日も、「ネギ」「トマト」「ピーマン」「タマネギ」など、皆さんが例えた野菜も、その理由も十人十色でした。

担当の小林 恵一先生がこのテーマを選んだ理由です。

社会福祉士精神保健福祉士など相談援助の仕事は、自分のことをよく知らないと出来ません。
それは、他者を深く知るには、自分自身についても同じくらい深く知る必要があるからです。
まずは、自分とはいったい何者なのか、どうのような個性を持っていて、どのような考え方や行動をする人物なのかをできるだけ客観的にとらえる。それが出来ないと他者を助けることなど出来ないのです。そのことを知っていただきたくて、今回、このテーマを選びました。

ところで、このテーマに「正解」ってあるのでしょうか?

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「模範解答はタマネギですが、答えは何でも構わないです(矛盾していますが)。
どんな野菜であれ、それをとっかかりにして、自分を振り返ることが大事なのです」
と、小林先生。

でも、なぜ、タマネギなのでしょうね。

本質を探究していく学問などでよく使われる言葉に、自我があります。
幼児が自己主張を始めたりすると「自我が芽生えてきた」などという使われ方もしますね。

自我の意味するところや使われ方は様々なのですが、
「人は、いろいろなものを感じたり、考えたり、行動したりする自分というものを自覚しますが、
この意識したり行動したりする自分の主体を自我(「日本大百科全書(ニッポニカ)」より抜粋)」といいます。
要は、「自分そのもの」ですね。

社会学では、人間の自我をタマネギのように理解することができます。タマネギはむいてもむいても同じで、芯も種もありません。私たちは生まれてからここまで育つ間に、さまざまな他者との経験を通じて、このタマネギのような皮を一枚一枚、自分で身にまとっています。つまり、この皮の一枚一枚こそが自我であるといえるのです。このように自分自身は一つひとつ作られた存在といえるのです。(当日配布した資料より)

自分とは何かを問い詰めていっても、「コレが私です!」という唯一のものは恐らく出てこないでしょう。
このむいでいった皮のすべてが自分 = 自我を形作っているということなのですね。

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(当日の画像:ご参加の方と学科の先生とが楽しく懇談している様子)

今回の「考える」体験授業、本当に多くの感想をいただきました。
その中からお二方のコメントをご紹介いたします。

・高校3年生(男子)の方
心理・社会福祉学科での学びに触れて、ますます興味がわきました。
これをきっかけに自分をもっと分析してみたいです」

・保護者の方
「自分がますますわからなくなりました・・・。
でも先生に『わからなくて混乱している状態にあるということがわかっただけでもいい』と言われて、なるほどと思いました」


人間は考える葦(あし)である(パスカル:17世紀・フランス)という有名な言葉があります。
人間は孤独で弱い存在だが「考える」ということが出来る、そこに人間の偉大さと尊厳がある、と語っています。
ともに考え、解決策を導いていく相談援助(ソーシャルワーク)の仕事は、
この「考える」ということからスタートします。

次回7月20日(土)オープンキャンパス
「行ってきました!横浜・寿町ツアー 《相談支援》生活をフクシとココロで」 では、
さらに考えていただきますよ!
ぜひ、ご参加ください。

以上、体験授業レポートでした。 

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EDOSENでは、社会福祉士を養成するための通信課程社会福祉士養成学科も設置しています。

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