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本日お届けする話題は介護福祉学科の授業について!
特別ゲストをお迎えした生活支援技術Ⅲ科目での模様を2回にわたってお送りいたします。

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この生活支援技術Ⅲ科目とは、
「生活支援技術Ⅰ・Ⅱ」で学んだ基本的な介護技術を踏まえて状態別介護を学ぶ2年生次の授業です。

2年生は、これまでに「こころとからだのしくみ」の領域を履修しており、そこで学んだ知識や技術を統合していきます。
利用者一人ひとりの疾病や障害による心身の状態・状況に応じた介護について、
講義・演習・視聴覚教材などを用いてさらに理解を深めていくのが、この生活支援技術Ⅲなのです。

石井さん1電動車いすサッカーの様子
(正面向かって左側の車いすをお使いの方が石井さん)

この日、ゲストスピーカーとしてお越しいただいたのは、石井 豊さん
肢体不自由に応じた介護について学ぶ学生たちに有意義なお話をしてくださいました。

石井さんは重度の身体障害をお持ちで、食事や排泄など生活のすべてのシーンにおいて介助を必要とされています。
『1歳になっても立ち上がらなかったので、両親が心配になり病院で検査を受けさせたら、
進行性脊髄性筋萎縮症という1
級の身体障害者判定を受けました(石井さん談)』とのことですが、
電動車いすをお使いになった生活で外出も頻繁になさるなど、とてもアクティブな方です。


それでは、石井さんのお話、
「仕事と日常生活と介助」についてから抜粋した内容をご覧いただきましょう。

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・・・特別支援学校小学部1年生のときに電動車いすという自分の体の一部と出逢い、当時は千葉県で初めての低学年使用者になり、体が不自由でも動けることに喜び感動しました。在学中は、校内中をまるで暴走族のように駆け走り、他のクラスに顔を出してはコミュニケーションを取るような明るい思春期時代を過ごしました。部活動はPCサークル、ボッチャサークル、電動車いすスラロームサークル。熱い青春を過ごしました。

 高等部を卒業後、地元の作業所に通所することになり、そこでは名刺制作担当として、主に役所のお客さんを相手に仕事をしていました。学生の頃からパソコンに触っていた経験が役立って良かったです・・・


まずは、ご自身の今日までをお話しくださった石井さんですが、とても自然体です!
続いて、現在の仕事に関するお話をご覧いただきましょう。

・・・日中は、松戸市小金原にある生活介護事業所第2喜楽家に通所していて、その社会福祉法人全体の各部署のWebサイト制作と更新作業をメインとした仕事をいただきながら、一般企業や福祉施設からの外注も受けて仕事をしています。また、ポエマーとしても働いています。お客様のお名前を頭文字からポエムする名前詩を書く仕事です。例えば結婚式に使われる似顔絵入りのウェルカムボードや、還暦祝い、出産祝いなどの祝い事に贈るプレゼント用の名前詩を約8年間で千五百件ほどのお客様にお届けしてきました・・・


ほんの少しだけ動く体のパーツは指先と顔面くらいだそうですが、
『特殊なデバイスを組み合わせて工夫しながらパソコン操作をしているので、難なくパソコンを扱うことができます』と、
またもや自然体 

ところで、卒業後に通所されていた地元の作業所生活から、現在の第2喜楽家に移られたのはなぜでしょう~

・・・自分の生活を見直し参考にしたいと思い立ったからです。
 喜楽家には自立生活をされている方々が多く在籍していて、障害者としての生き方も経験豊富で自分らしい人生を歩んでいる方々が集まっていました。現在は、ある程度福祉制度が充実していますが、当時はヘルパー制度がほとんど無い時代でした。ボランティアさんだけで構成された自立生活を送ってこられた方々の近くに身を置くことで多くを学びました。実は当時、私も自立生活計画一人暮らし)を実行しようと準備しましたが、環境が整わなく断念しました。でも、実家暮らしであっても自分の生き方を自分で決める生活を実現し、ヘルパーさんに入っていただき身の回りのことを支援してもらいながら生活しています・・・

20歳頃からヘルパーさんを生活に取り入れ始め、ホームヘルプサービス重度訪問介護)利用年数が約18年となる石井さん。
日常生活と介助について、率直な思いは~

・・・私は全身の筋力が非常に弱いため、この電動車いすのようなオーダーメイド製のタイプじゃないと座位を保つことも運転することもできません。外を出歩くときも、悪路面のデコボコや傾斜、ほんのちょっとした振動によって、運転操作をする手が定位置からズレてしまうと操作不能になったり、徐々に体勢が崩れて痛くなり自分の力ではどうにもできなくなってしまいます。単独での外出が厳しいため、現在はヘルパーさんとどこでも一緒に行動しています。ヘルパーさんが隣にいてくれれば生活や外出、社会生活が成り立ちます。というよりも、ヘルパーさんがいないと生きてはいけません。

 近年、男性ヘルパーさんが増えないため、今後の生活が成り立たなくなる危険性があります。一箇所の事業所だけではヘルパーさんが足りないので複数社と契約してはいますが、それでも私の生活では全然足りないのが現状です。身体障害者、肢体不自由者の支援について、深く興味を持っていただきたいと思っています・・・


介護福祉士を目指すEDOSENの学科生たちに、丁寧にご自身の思いを語ってくださった石井さん、
本当にありがとうございます。

来週25日(月)の後編では、より具体的に石井さんの日常の介助に関してをお届けいたします。
「何が必要とされているのか、そして、その理由とは」を石井さんの等身大の目線をとおして語っていただいていますので、
ぜひ、ご覧ください。

本日は、介護福祉学科の授業から、
石井さんのお話「仕事と日常生活と介助」についてをお送りいたしました。

ボッチャ:ヨーロッパで生まれた重度脳性麻痺者もしくは同程度の四肢重度機能障害者のために考案されたスポーツで、パラリンピックの正式種目。
ジャックボール(目標球)と呼ばれる白いボールに、赤・青のそれぞれ6球ずつのボールを投げたり、転がしたり、他のボールに当てたりして、
いかに近づけるかを競う。〈出典:一般社団法人日本ボッチャ協会HP〉


電動車いすスラローム:車いすを操って赤と白のピンが置かれたコースを前進、後進させて走り 切る競技。
手や腕にも障害のある重度の車いす選手が参加する。〈出典:全国障害者スポーツ 大会ガイド〉

(「後編」はコチラ


 
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